認知症をつくっているのは誰なのか

2016/05/22(日)更新  カテゴリー:おすすめ本

認知症をつくっているのは誰なのか(SBクリエイティブ)
村瀬孝生・東田勉 著



本書は、介護保険制度や入院、医学会、製薬会社、そして介護を知らない介護現場、老人に自己決定させない家族が認知症をつくっているという実態を紹介したもので、老いと認知症の実態が生々しく描かれていました。

2004年に認知症という病名がてきてから、「ぼけ」という言葉が消えてしまいました。人は老いると時間と空間のずれがでてくるもので年相応にぼけているのは当たり前なのだが、それらを認知症とくくってしまうと全部病気になってしまうという意見は納得できました。

何度もでてくる、生活を継続する支援が大切という話は非常に共感できました。
今までは自宅からいきなり施設入所など、古い習慣から新しい習慣になるのに飛躍があった。今までできたことを、古い習慣を維持しながら、人の手を借りて生きていくという新しい主観を作り、「できなくなるという階段」を一緒に下りていく。できたり、できなかったりしながら、だんだん衰えていくことに寄り添うことの大切さがよく分かりました。ぼけたお年寄りでも自分の主観と長年の習慣、そして分別をもって生きている。その生活習慣を継続させるためにいかに応援するか、介護現場の工夫が問われていると思います。

終章の特別寄稿に掲載されている三好春樹さんの話は参考になることが多かったです。

「介護とは、マヒした手足を治すことではない。老いや障がいがあっても、自分らしく生きていくことを応援することだ。介護に必要なのは生活習慣を壊す特別なやり方ではなく、生活習慣を続けるための特別の工夫である」というのは著者たちと同じ考えだと思います。

また、本書で紹介されている、村瀬孝生さんの著書「あきらめる勇気」の中の以下の一文が印象的でした。

・日本の家族は、その機能が脆弱であるがゆえに近代医療システムに取り込まれ、問題をもたらす家人を病気にすることが一番手っ取り早い処方箋と考え、老いた者もその処方箋の対象にされている。それが加齢による生理的なぼけや身体の機能不全であっても家庭内では調和を乱す存在とみなされる。機能不全を治療の対象にし、改善を図れば当事者は人生を取り戻し、家族は再生するという幻想を家族は信じ、医療に期待する。医療もまたそれに積極的に応えようとしている。家族が老親を元気にしたいと願うのは情愛によるものだけでなく、家庭内に自立できぬものをひとりでも抱えると、過程そのものが破綻するからだ。

介護する家族を抱えている多くの方々に読んでほしい一冊です。


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